以前のブログにも書きましたが、私は京大卒の元ニートphaさんの本が好きです。
「周りの人は多分こう思っているんだけど、俺は違うんだよなあ。でも、これ言ったら周りはドン引きだよな」って内容のことをストレートに書いていて、「ああ、私と同じようなことを思っている人が、この世の中にいるんだ!」と嬉しくなった記憶がある。
自分が「少数派」だと自覚している方は、phaさんの本で理論武装すると、かなり生きやすくなるのではないでしょうか。
で、40を超えた中年になったphaさんが、去年出した本がこちら。
この本は、今までのphaさんの本とは一味違う。
基本的な「力の抜けた」考えは同じなのだが、若いころに書いていたことが、ちゃぶ台をひっくり返すような内容で否定されていたりして、「中年への変化」というものを感じる。
特に私の琴線に触れたフレーズは、こちら。
生まれつき持っている。もしくは幼少期に抱えた歪みからは、成長すれば解放されるのだと思っていた。しかしそんなことはなかった。結局、自分がずっと抱えている歪みに対処したり、振り回されたりしているだけで人生は終わってしまうし、むしろそのこと自体が人生なのだ、ということに気づいてきた。気づいてしまった。どうしよう。
私は若いころ。「自分の持っている欠点を克服するなり、何か別なことを手に入れることによって補えば、新しい自分に生まれ変われる。『自分2.0』の誕生だ!ヒャッホー!」などと思っていた。
しかし、H大に合格したり、世間的にはそれなりに名の通ったところに就職しても、生まれ変わるなどということはなく『自分1.0』のままであった。
自分の中の歪みは歪みのままで、50を過ぎてもずっと残り続けているのだ。
マラソンの世界でもそうだ。
「サブ4を達成すれば世界が変わる」「サブ3.5からは違う世界が見えてくる」「100㎞ウルトラマラソン完走で、また一歩壁を突き抜ける」などと思っていたのだが、実際に達成してみると、「別に何も変わらないな」と。
でもって、どんどん目標だけがインフレ化していき、無理をして大きな故障や事故を経験することによって、「あれ?俺、今まで何のために頑張って来たんだろ?」ってのが現時点での私です。
phaさん的に言えば、「記録を狙うのは終わって、ファンランが始まる」ここ2年間になっているような気がします。
本日は漢方受診の日。

「3連続真夏日から、ちょっと夏バテ気味で、怠くて眠りが浅くて食欲がイマイチ」と言ったら、「清暑益気湯」という夏バテ用の薬をもらった。
いつもながら、「こんなテキトーな診察で薬が決まっていいのか」と思うのだが、基本は薬ではなく、自分が不調を治していく主人公なのだ。
多分、これも飲み続けているうちに「あ、効いてるかもしれない」と思うのだろう。
というか、薬が効くころには夏が終わって、夏バテ症状なんて解消されているような気がするが。

今日は怠い、動きたくない、キツイと思いながら、ベッドでゴロゴロしていたら夕方になってしまった。
「とりあえず7㎞だけ行くか」と思って走り出したら、意外と調子がよく、涼しい気候も手伝って10㎞行ってしまった。
正直、今は「本番はこれの4倍以上か!」と気の遠くなる思いなのだが、実際に道マラで走ってみると「意外とこんなもんか」と思うのかもしれない。
そういや、2011年初めて道マラに出たとき、「これで何か変わるかもしれない」と思っていたが、「アンパンマンかっぱちゃん」との出会いが、私の人生をいい方向に狂わせたような気がする。
結局は、人生を変えるのは「自分の努力」ではなく、そのときの「人との出会い」などの「運に気づくこと」なんだなあと思ったりする、今日この頃です。
今年の道マラも、あまり大きな期待をせずに、「新たな出会いに気づける」ような旅になればよいと思います。
これからがファンランの始まりだ!
さようなら。
