ゴシラン

走ることについて語ります

ロードバイクで行く「奥行臼駅」跡

休みの日。

 

月の休みの半分は待機義務があり、遠出できない私にとって、待機のない週は「どっか遠くへ行かないともったいない」と思えてしまうのである。

 

ということで、今日はロードバイクでパーッと遠くへ行きましょう。

とりあえず、自転車でまだ走ったことのない国道272号線を進み、途中から国道243号線に切り替えて別海町へ。

んで、別海からは南下してJR厚床駅に行って、そっからJR輪行で釧路に帰ることにしよう。

 

 

距離にして約110㎞。

短くもなく長くもなく、ちょうどいいぐらいなのではないか。

何でもいいから行ってみよう!

 

まずは、国道272号線を北東に進みます。

この道は、今まで車では何回か走ったことがあるが、自転車では初めてだったりするのだな。

車で走ったときは、「アップダウンが多くて、景色が単調で、自転車で走ったらしんどそうな道だな」と思っていたが、全くその通りであり、最初の60㎞はただの苦行であった。

 

 

そんな中、国道272号線の中の唯一の集落である「標茶町中茶安別(なかちゃんべつ)」にあるセイコーマートが、オアシスのように光り輝いていました。

ここまで約41.5㎞。

 

 

この前食ってうまかった「ダブルクリームのメロンパン」をリピートしたが、イマイチ味がしない。

落車事故以来、体質が変わり、疲れていると露骨に物の味を感じなくなり、体調を知る上では便利なのであるが、サイクリングの補給が楽しめないというデメリットがある。

ここで、「今日は何食ってもうまく感じないなあ」と悟り、コンビニ飯で通すことにしました。

 

別海町に入り、国道243号線に進路を変えると、アップダウン地獄は終わり、「別海町パイロットマラソン」でも走ったフラットな道になりました。

 

 

セイコーマートのある中西別の集落。

別海町パイロットマラソンでは、ここがちょうど往路の14㎞と復路の28㎞地点となり、フルマラソンのそれぞれ1/3、2/3の距離で、よいランドマークとなります。

セイコーマートの辺りでは、全中西別民が集結したんじゃないかってぐらいの熱い応援がもらえ、元気が出るところです。

そういや、私が走った2年前、この地で「けっぱれー!」と叫びながら動き回るおばさんがいたが、彼女は元気にやっているのだろうか。

今でも彼女が「別海の応援MVP」だと思っている。

その節はありがとうございました。

 

 

別海は「人より牛が多いマチ」なので、コース沿線は写真のような、のどかな牧草風景が拡がっております。

 

 

別海町パイロットマラソンのメイン会場である陸上競技場。

ここまで約90㎞。

ゲートは、マラソン当日には「日本の将来を先導して走る」などとカッコいいことが書かれているのだが、大会でないときは真っ白しろすけなのね。

今年も仕事の都合でこの大会を走ることはできないが、自己ベストを出したこともあり、思い入れのある大会です。

道内の公認大会では、一番記録の出しやすいコースだと思いますので、ちょっと遠いですが、是非秋マラソンの一発目として多くの方にチャレンジしてほしいものです。

完走賞として「鮭一本」が当たりますよ。

 

うむ、ロードバイクで、走ったことのあるマラソン大会のコースをたどるのもよいものだ。

別海町の市街地を抜けて、JRの駅がある厚床方面に向かいましょう。

 

別海町には今はJRの線路は存在していませんが、昔は「標津線」が走っていました。

厚床と別海の間に「奥行臼」という駅があり、そこが昔のままで保存されています。

 

 

建物の中にも入ることができるので、入ってみましょう。

 



うむ、昭和の世界にタイムスリップしたような感じがしてよい。

ちなみに標津線は、平成元年に廃止になりました。

平成ってつい最近のことって思ってしまう50代であるが、冷静に考えると、今からもう35年も前になるんだな。

 

 

ホーム、駅名標、線路も復元されております。

このたたずまい、いいですなあ。

私はこういう駅があると、30分はボーっとできる人間です。

ローカル線の無人駅には安らぎがあるのだよ。

 

 

道東特有の路肩がボロボロの国道243号線を進み、厚床駅へ。

113.5㎞の道のりでした。

ここもかつては、根室本線花咲線)と標津線の分岐駅だったのだが、今では利用者の少ないひっそりとした無人駅となっています。

行政上は、ここも根室市となっているが、こっから根室市市街までは30㎞ぐらい離れているのだよな。

 

 

ロードバイクは解体して袋に入れます。

今日はきちんと説明書見ながらやったので80点。

というか、マニュアルはきちんと見てやらんとダメだな。

私は料理をするときも、レシピをきちんと読まないで、「ちがう。これじゃない!」と一人で文句を言っているダメな人です。

ちゃんとレシピ通りにやらんかいと。

 

 

一両編成のキハ54で帰ります。

観光シーズンなのか、乗客でいっぱいでしたね。

自転車の袋を持った邪魔者の私は、デッキでおとなしく1時間半立っておりました。

これから18きっぷシーズンに入って、このローカル線もますます混みそうなので、しばらく輪行遊びはしない方がいいかな。

 

 

茶内~厚岸間の「別寒辺牛湿原」は、何度見てもいいものですね。

花咲線は、車窓の景色を見ているだけでも満たされた気分になり、乗車中スマホをいじるにはもったいない時間だと思います。

 



釧路駅に到着し、自転車を組み立てて帰宅して、今日の行程はおしまい。

自転車を使った輪行は、「運動と旅行」を兼ねることができて、大人の休日の遊びとしてはいいんじゃないかなと思います。

食費、交通費合わせて3000円ぐらいと、経済的な遊びなのではないでしょうか。

こうして、月に一度は意味もなくふらっと自転車と列車を使った小旅行を楽しみ、リフレッシュしたいものですね。

 

 

前半のアップダウンが辛過ぎて、「今日はやめときゃよかった」と思ったものですが、半分を過ぎた辺りからラクになり、「終わりよければすべてよし!」の一日でした。

多分国道272号線は、もう自転車では走らない。

 

おやすみなさい。

「林住期」を走る

私が「林住期」という言葉を知ったのは、以下の本がきっかけです。

 

 

一時期「アフロ記者」としてニュース番組に出ていた「稲垣えみ子」さん。

本によると、「古代インド人は人生を4段階に分けて考えていた」ということだ。

その4つとは「学生期」「家住期」「林住期」「遊行期」である。

「学生期」「家住期」は学生から家庭をもって働いている時間である。

日本で言えば、今だと65歳までの期間でしょうか。

 

ポイントとなるのは「林住期」と呼ばれる期間である。

日本のサラリーマンなら、定年を過ぎ「第二の人生」を悠々過ごすという期間かもしれないが、古代インドでは、この時期に「家出」をして、世俗から離れて林に住むのである。

 

で、稲垣さんは「林住期」に当たるのは「50からだ!」と、50でキッパリ新聞社を退社したわけだが、「給与の高い独身新聞記者だからできるんだよね」と、半分妬みの気持ちを持ちながら、当時40半ばの私は、本を読んでいたのでありました。

「あー、金持ちはいいよね」って感じ。

(まあ、実際の稲垣さんは「金持ちの悠々自適」とは離れた、文明と距離を置いた「お金のかからないつつましい生活」を送っているのだが、詳しく書くと長くなるんで、その辺は省略)

 

しかし、実際私が50になると「林住期」って言葉が、だんだん身に沁みてくるのね。

特に去年、生死を分けるような事故を経験してからは、そろそろ色々なものから下りて「林住期」に入る時期が来たのではないかと。

実際、50になってから身体的なガタが目立つようになってくると、もう若いときのように仕事も遊びもできなくなってきて、「あとは若い者に任せて、精神の修業の旅に出ようか」などと、外から内へ内へと、精神のターゲットが移行していくのである。

まあ、私は元々内向的な気質があったんで、あんまり変わってないと言えば、そう言えるのかもしれないが。

 

 

走ることに関しても、40代のときは毎年フルマラソンの記録を更新し、「よし、俺は遅咲きの人間だ!50になってからどんどん記録更新してくぞ!」と思っていたものだが、今はキロ5分台で走るのも、ちょっと頑張らないとしんどいレベルである。

 

 

最近、釧路川河川敷を走りながら、あの有名な「方丈記」の書き出しが頭に浮かんでくる。

 

ゆく川の流れは耐えずして、しかももとの水にあらず。よどみにうかぶうたかたはかつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし

 

私という人間も、普段見ている川のように、全体としては何も変わってないように見えるかもしれないが、細胞レベルで見ていくと、川の水が常に流れているように、中身はどんどん変化しているのだろう。

40代のころのように外側の数字だけを追うことなく、「林住期」に合った走り方を模索していきたいものです。

これができれば、世俗的な大会や記録とは離れ、また走りに違う意味を見出すことができるのかもしれない。

 

夏至の今日を過ぎると、日の長さは短くなっていくが、季節は本格的な夏に移り変わります。

私も身体的には衰えながらも、「人生の夏」を林住期の中に見つけていきたいと思います。

 

ちなみに方丈記を書いた鴨長明も、50で出家して「林住期」を過ごしたのでありました。

 

さようなら。

2024 6/9~6/15 ランニング週記

やっとこの地も気温が上がりだし、朝の気温が2桁になると、外に出るのも苦痛でなくなりますな。

まだ通勤ランができるほどに体調は戻っていないが、日の長い朝の空気を楽しむようにしていこう。

 

 

週間走行距離は57㎞。

今はキロ6分半のジョグで我慢のときですね。

心拍数を抑えつつ、「辛い苦しい」とは無縁のラン生活を送っていきましょう。

体調は、脳外で「異常なし」のお墨付きをもらったこともあり、地味に回復傾向ではあるが、週に1回は「完全休養日」を入れた方がよさそうね。

まだまだ「無理は禁物」です。

 

バイクは今の段階でこんくらい走れれば、ビホロは「いつもの27km/hペース」で行けるのではないでしょうか。

私の場合、バイクは練習してもしなくても、本番では大して変わんない結果なんで、イマイチ真面目に練習しようというモチベーションがないのね。

 

 

ルナサンダルの気持ちよさに惹かれ、「サンダルラン」を繰り返した先週。

その反動か、右のかかとが痛むのだよね。

 

今週に入ってから、かなり痛みは軽減されたが、痛みが完全になくなるまではペガサスやHOKAのような柔らかいシューズを履いて、かかとに優しく生きていこう。

すっかりスペランカーレベルの壊れやすい身体になってしまったので、湿原マラソン北海道マラソンは、無理にルナサンダルにこだわらず、そのときの気分で履物を選ぶようにしていきましょう。

 

最近、Kindle Unlimitedで何気にポチリして、すっかりハマった本。

 

 

40代にして「FIRE生活」を送っている筆者とは、能力はかなり異なるが、根っこの部分というか「価値観」は、かなり私に近いものがあるなと。

私が普段思っている「これ書いたら、読む人ドン引きだろうな」ということが、はっきりと書かれていて、「これだよ!これ!」と、人生の師に出合ったような衝撃を受けました。

 

私も自分の特性を生かして、誰にも真似できない独自のランニングスタイルを確立していきたいものです。

「内向型」で「失敗を恐れる」性格の私は、失速が恐くて最初無理をしないので、最後まで我慢して一定ペースで走れば神様が微笑んでくれる「マラソン」というスポーツが、ひょっとしたら合っているのかもしれません。

 

さようなら。

そろそろ「下山」の時期なのか

先週の日曜から再開した「サンダルラン」。

 

gossy54200.net

 

「サンダル気持ちいぃ!」と、ひたすらサンダルで走る日々を過ごしていました。

しかし、紐の締め方がキツ過ぎたのか、右のかかとが痛むのだよな。

「あれがよくなったら、今度はここがダメになる」ってのを繰り返し、なかなか万全な状態になることがないですな。

これが「年齢を重ねる」ということなのだろう。

 

今日はデュアスロン対策として、「バイク→ラン」の「ブリックラン」の練習をしようと思っていたが、朝方、霧雨で路面がウェットだったため、バイクはやめにした。

普通に9時からのマラソンクラブ練習会に出かけます。

 

 

春採湖の周りを14㎞走りました。

さっきも書いたように、右かかとが痛むので、柔らかいNIKEのペガサスを履いて様子見。

キロ6分半ぐらいのゆるいペースなら、痛みを感じることなく、まあOKなんじゃないかと。

 

話題は2週間後の「サロマ一色」でしたね。

正直、参加しない私にとっては、ちょっと物足りないという気持ちもありますが、初参加のメンバーの方もいらっしゃいますので、私が過去2回参加した経験談を語らせていただきました。

まあ、ウルトラマラソンに関しては、フルマラソン以上に攻略法は「人それぞれ」なので、まずは実際に走ってみて「肌で感じる」のが一番でしょうね。

ウルトラの世界が、フル以上に「楽しい」と感じられることを願います。

 

昼寝して、天気も回復したので、午後からは「バイク練」。

一応、ちょこっとだけ走っておきましょう。

 

 

山花往復40㎞で終わりにしようと思ったが、これだと坂成分が足りないので、無駄に北斗坂を上って、湿原展望台に向かいます。

展望台は標高にして80mぐらいなので、本格的な山越えというよりは、ちょっとした丘を上るような感じですな。

 

 

遠くにちょっと緑がかった「夏の湿原」を見ることができます。

釧路湿原は四季によって、それぞれ違った姿を見せてくれていいですな。

個人的には、早春や晩秋の「枯れた湿原」が好きです。

 

バイク練は46㎞でおしまい。

帰宅後、雨が降り出したので、タイミング的にはちょうどよかったかと。

去年までは、かなりランの方に傾倒していた私であるが、ロードバイクも「道が遊び場」のように感じられて、ランでは行けないような遠くまで人力で行くことができ、またいいものです。

ロードバイクはランに比べると初期投資が高いですが、一度道具をそろえれば、スキーのようにリフト代がかかることもなく、思ったよりも金のかからない遊びだと思います。

 

図書館から借りた、五木寛之さんの「孤独のすすめ」。

 

 

50を過ぎて、否が応でも年齢を感じることの多い私にとっては、身につまされる話でしたね。

もう高度経済成長期のように「発展、発展!」と、自分を拡大させていく時期は終わり、これからは登山に例えると「下山」の時期なんだなと。

40代のときの「毎年フルマラソン自己ベスト更新」という時期は、もう終わったのです。

 

衰えが見え始めたとき、「いや、まだまだ」と抵抗して、「若い者には負けん!」と、また新たな山に上るのも一つの道。

そして、衰えを受け入れ、降参し、下りゆく景色を楽しむのも、また一つの道。

私の性格的に、今は「ゆるりと下山」する方が、多分向いているんだろうなあと。

 

フルマラソン5時間から3時間ちょっとのゴールを経験してきた私からすると、同じマラソンの大会でも、「キロ4分」「キロ5分」「キロ6分」「キロ7分」のペースでは、それぞれ見える景色や周りの雰囲気が、はっきりと違います。

衰え行く中でも、そのときのベストのペースで、毎年「違った風景」を愉しみたいものですね。

釧路湿原が、季節によって違った色合いを愉しませてくれるように。

 

さようなら。

2024ビホロ100㎞デュアスロンは1部で出ます

本日は釧路のローカルレース「間宮杯1/3マラソン」の日でした。

 

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距離は「1/3マラソン」のタイトル通り、フルマラソンの1/3である「14.065㎞」と中途半端な距離。

秋のフルマラソンに向けての、よい力試しの場なのではないでしょうか。

参加された皆様、お疲れ様でした。

 

我が道を進む私は、間宮杯には参加せず、今日は自転車遊びの日としました。

コースは5/11と同じ「布伏内コース」で行きましょう。

 

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6月になって、朝から気温2桁になると、自転車に乗っても「寒い」と感じることはないですね。

釧路人にとって、寒さにふるえることなく自転車に乗れる季節は大事。

快適に乗れるうちに乗っておきましょう。

せいぜい3か月が、釧路チャリダーにとって旬の期間だ。

 

 

40㎞地点の「布伏内コミュニティセンター」。

いつ行っても静寂の空間で素敵だ。

このルートは自転車雑誌で紹介されることはないと思うが、孤独のグルメ井之頭五郎の世界観にはぴったりなのではないだろうか。

「自転車は自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで…」

 

 

こっから10㎞は山岳コース。

獲得標高にして250mぐらい。

アップダウンをえっちらおっちらと進みます。

いつも写真の最後の坂を上り切った辺りで「Victoty!」と、心の中で叫びます。

まあ、リアルで叫んでも、誰にも聞かれるようなところでないのだが。

 

 

山岳コースが終わったら、風は若干アゲンストだが、道はゆるい下り基調。

仁々志別→山花と、一気に突き進んでいきましょう。

尚、写真奥に写っている押しボタン信号が、仁々志別の集落にある唯一の信号。

設置理由は、多分「ここの子供たちが信号を知らずに育ったら困る」とか、そんな教育的理由だろう。

というか、小学校もなくなって、すでに子供もいない地域なのであるが。

 

 

70㎞地点「マルシェ山花」で休憩タイム。

 

 

気温が15度まで上がり、ようやく外でソフトクリームが食べられる暖かさになりましたね。

この辺は牧場があって酪農が盛んな地域なこともあり、味はミルキーでうまい。

 

植木鉢の奥にあるのは、畳まれたサイクルラックだと思うんだが、何で使わせてくれないんだろう。

まあ、ここでサイクルラック使うような自転車乗りの集団見たことないから、いらないと言えばいらないんだろうが。

 

ごちそうさまでした。

 

今年は思うようにランができない分、自転車の走行距離は去年以上に伸びていますね。

今の段階で87㎞を平均24.6km/hで走れれば、8月のビホロデュアスロンのバイクで足切りを食らうこともないだろう。

 

謎の体調不良が続いていたときは、「1部の100㎞ではなく、第一ランを省略した2部の90㎞で行こうかなあ」と、弱気なことを考えていましたが、今日の体調なら大丈夫だろうということで、今年のビホロデュアスロン申し込みました。

もちろん「1部の100㎞」です。

(まあ実際のところ、ランもバイクもこれより短い距離で、97㎞ぐらいしかないんだが、そこは約100㎞という雰囲気だ)

1部も2部も参加費が同じなんだから、より長く走れる1部の方がお得だろうと。

経済効用の最適化だ。

(誰か通訳呼んでくれ)

 

去年同様、網走でボロ…、いや趣のある旅館も予約したので、今からどんくらい風情のあるところなのか、ある意味楽しみである。

つーか、ここ、9月のオホーツク網走マラソンの前にも泊まるんだがな。

 

さようなら。

右脳のひらめきで決め、左脳の緻密さで計画を立てる

脳科学って面白いですよね。

子供のころ、運動神経がさっぱりで、友達はいなかったが、学校の勉強だけはできた私は、「自分の生きる道はお勉強しかない!」と、どうやったら頭がよくなるかってことばっかり考えていました。

 

ただ、そこそこの学歴を手に入れて大人になったわけだが、職場ではうまく行かないことが多く、年収ダウンの転職を繰り返し、幸福感はさっぱり上がってこない。

つーか、「あんだけ勉強してこの程度の人生か!」と、我が身を呪いたい思いになったのである。

 

結局、学校のお勉強って、記憶力重視で「左脳を鍛える」には役立つんだろうが、感性的な「右脳」の能力がサッパリだからなのだろう。

左脳の理屈先行で、右脳を使う「場の空気」が読めなく、「根回し」という行為が死ぬほど嫌いな私なのであった。

そりゃあ、社会人になったら破滅していくわけだと。

 

で、Kindle Unlimitedでテキトーにポチリした本がこちら。

 

 

この本は「『右脳』の直感を信じて、理屈っぽい『左脳』はその邪魔をしてはいけない」と、若いころ私がやってきたことと真逆のことが書かれています。

左脳が邪魔をしなければ、頭の中をぐるぐる回るネガティブな思考が消え、ハッピーな気分になれると。

ホントかいな?

 

そこで思い出したのが、去年、私が参加した「壱岐ウルトラマラソン」。

あの大会は、当初、全く出る気がなかったのだが、なぜかみゃこちゃんのYouTube見て、その5時間後ぐらいには申し込みをしていた。

 


www.youtube.com

 

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あれは今振り返ると、どう考えても我が右脳の仕業に違いない。

一瞬のひらめきが、当初左脳で計画していた「つくばでサブスリー」という計画を追いやったのであろう。

恐るべしは右脳のひらめきである。

 

右脳で「これだ!」と大まかなアウトラインを決めたら、あとは緻密な左脳で計算していきましょう。

こうして、「壱岐ウルトラマラソン完走計画」が生まれました。

 

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この記事は、参加された方からも「役に立った」という声を直接聞くことができ、感無量であります。

非常に満足満足であった、去年の「壱岐ウルトラマラソン」でありました。

 

このことから考えると、私は普段「左脳の思考」が出しゃばらないようにして、「右脳の直感」で物事を決め、その決めた物事を実行するのに「左脳を使う」のが、満足度の高い脳の使い方なんじゃないかと思ったのであった。

確実に今より知能の高い30年前よりも、頭が悪くなった現在の方が、人生に幸福度を感じる私なのであった。

 

んなわけで、もう50も過ぎて手遅れかもしれんが、これからの私は、普段はボーっと頭を使わずに、「これだ!」という右脳さんのひらめきを得てから、左脳をフル回転させて生きていこうと思います。

考えてみれば、仕事も、左脳で綿密に計画を立てて就いた仕事はすぐ辞めて、「もう、どうにでもなれ!」とテキトーに右脳のひらめきで選んだ今の仕事の方が長続きしているんだよな。

 

ちなみにウルトラマラソンでは、あまりの辛さに、ふっと左脳の思考力が消え、多幸感を得られるときがあります。

きっとあれは右脳の仕業なのだろうなあ。

村上春樹の本に書かれた「すーっと抜ける」感じが、私はウルトラマラソン終盤で、毎回のように味わえます。

 

 

ウルトラマラソンで辛いと思ったときは、左脳の思考を消し、呼吸に集中して、右脳を働かせていきましょう。

 

さようなら。

サロマに向けて「異常なし」

去年の11月にロードバイクで落車し「外傷性くも膜下出血」になっていた私。

 

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本日は事故7ヶ月後のフォローということで、脳神経外科を受診しました。

まずは受診前に「ルナサンダル」を履いて、8㎞ひとっ走り。

 

 

サンダルランだと、いい意味でスピードが出ないのですよね。

厚底カーボンシューズだと、高機能のシューズに合わせて「早く走らねば!」と気持ちも焦ってしまうが、サンダルだと「のんびり走ってもええんやで」と語りかけられているようで、ゆるゆると気持ちよく走れます。

心拍数も130ぐらいに抑えられ、今の「心臓をドキドキさせると具合が悪くなる」ような状態では、ちょうどよいのではないでしょうか。

スピードはいらないんで、まずは「ゆっくり長く」ですね。

 

 

ウォーミングアップが終わり、MRIを撮像してもらい、脳神経外科受診。

いや、受診するのに、8㎞走るなんてウォーミングアップ、いらないし。

 

ガンガンとドラム缶の中で音が鳴り響くようなMRI

私は「ちょっとうるさいカプセルホテル」ぐらいに思っているので、そんなに気にならない。

15分ぐらいで検査を終え、診察を待ちます。

 

1時間ぐらい待って、結果は予想通り「前回と変わりませんね」と。

ただ出血の影響で、右脳に小さな梗塞ができたのも変わらず、それは元に戻らないみたい。

日常生活に大した影響はないみたいだが。

 

血管も画像上は異常なく、「もう治ったと言っていいでしょう。これから来なくてOKですよ」と、完治のお墨付きをいただきました。

「来年のサロマに出ちゃダメよ」と言われなかったので、これで安心して来年はサロマに申し込めますな。

いや、マラソン趣味ということは主治医に言ってなかったので、別に「サロマに出てもいいよ」とも言われなかったのだが…。

まあ、何はともあれ、一安心と言ったところです。

 

ここ2週間ぐらい、謎の体調不良が続いていたが、「治った」というお墨付きをいただくと、気分がどーんと大きくなって、具合も一瞬で治ったような気がしますな。

言葉の持つ力は大きい。

 

 

んなわけで、診察は午前中で終わったんで、午後はふらふらロードバイクで散歩することにしましょう。

 

釧路市街地は太陽が出ていたので、今日は天気予報をチェックするまでもないだろうと出発したのだが、北に進むにつれてポツポツ降り出し、しまいにはザーザー降りの雨になりました。

行程の半分ぐらい行ったところで雨が降り、雨宿りをするようなところもないと、もう先に進む以外の選択肢はないですね。

 

 

鶴居村へと向かう名もなき峠道を、えっちらおっちらと上ります。

このときが一番雨がひどかったですね。

しかし、雨が降っていると、そっちの方に気が取られ、上り坂はそんなに気にならないというメリットもある。

気がついたら、てっぺんまで来ていた感じでした。

 

 

40㎞地点のセイコーマートで補給休憩。

この前買ってうまかった「ダブルメロンのクリームパン」が食べたかったのだが、売ってなかったので、仕方なく「黒糖あんぱん」を食べた。

うん、これはこれで、沖縄っぽい味がしてうまかったよ。

 

沖縄は15年ぐらい前に行って、あんときは自転車で久米島を一周したんだなあ。

また沖縄に行きたいような気もするが、やっぱ行くのめんどくさいなあという気もする。

昔に比べ「旅に対する憧れ」が減ったのは、老化の現れなのだろうかね。

それ以前に、私の場合は旅に行っても、行動パターンや食べるものが普段と変わらんので、「それってわざわざ遠くにまで行ってする必要ないんじゃね?」と、ついつい遠くまで行くのに二の足を踏むようになった。

なんか今の私には、「旅はマラソンのついで」ぐらいのスタイルがちょうどいいのかな。

 

 

「ラスボス」の「湿原坂」を上ると。

 

 

そこは「湿原展望台」だった。

茶色の建物は金取られるので、私は入ったことがない。

 

 

展望台から、一気に坂を下って「湿原にダイブ」するような感覚が好きなのね。

ここが私にとって、釧路で一番自転車を走らせて楽しい道かもしれない。

この爽快感はランじゃなくて、自転車やバイクでないと味わえない。

 

釧路市街地に戻るにつれて、アスファルトは乾いてきたから、今日は東の方に行けば雨に降られなかったのかなという気もする。

まあ、去年の「ビホロデュアスロン」も雨だったし、たまには雨天走行を経験しておくのもいいだろうと思った62㎞でした。

 

 

帰宅して、前後輪外して、雨で泥だらけになった自転車をガッツリ掃除。

また、週末になったら働いてもらうことにしましょう。

来年の「サロマ100㎞」も大事だが、まずは今年8月の「ビホロ100㎞」を、自転車で80㎞ワープしながら、しっかり走り切れるように体調を整えていきましょう。

 

さようなら。