ゴシラン

電池残量80%に復活。走ったり休んだりダラダラと。

2026年も2月になりました

2ヶ月連続で「月間走行距離300㎞」を突破し、順調に復活の階段を上っていると思われましたが、鬱の力を甘く見てはいけませんね。

先週後半あたりから、「あれ、力入らんなあ。怠いなあ」という日々が続き、週末はやたら寝てばかりという時間を過ごしていました。

まあ、去年の9~10月のような「寝れん、食えん」という状況よりはかなりマシだが。

 

 

通勤ランでは、釧路川の「蓮氷」や、川面から出る湯気のような「けあらし」を見る楽しさはあるんだが、それ以上に身体がお疲れモードね。

これで「サロマ出る!」って決断したら無理していたと思うんで、やっぱりエントリーしなかったのは正解かなと。

今は「記録を目指す」という段階ではないので、数字に縛られず、自分の心身が喜ぶランスタイルを確立していこう。

 

昔、ファミコン高橋名人が「ゲームは1日1時間」と言っていたが、「ランニングも1日1時間」が、ちょうどいいのかもしれんな。

まだ20時前だけど、猛烈に眠いぜ。

 

bunshun.jp

 

以前「マラソン中毒者」なる本を出していた小野裕史さんも、今はマラソンは全くせずに僧侶になったのね。

まあ、確かに「数字」という「モノサシ」が明確にあるマラソンは、下手したら「数字の奴隷」になって、自分を見失う「麻薬」のような趣味であると思う。

宗教は宗教でハマり過ぎたら身を滅ぼす側面もあるのだが、何事も「中道」の気持ちで、自分にとっての「真ん中はどこか」ってのを、「他人のモノサシ」に縛られずに探っていき、Going My Wayで行きたいものですね。

 

「やめよ。知れ。

わたしこそ神。

わたしは国々の間であがめられ

地の上であがめられる。」

詩篇 46篇10節)

 

最近、日曜の教会通いを続けている、「にわかキリスト教信者見習い」の私ですが、ピンチだなあと思うときこそ、自分で動きすぎずに、神が働いてくれるのをじっと待つようにしよう。

今は「走りすぎを『やめて』、自分の身の程を『知る』」ときなのである。

 

さようなら。