強者であれば、見知らぬ土地の見知らぬコースでもしれっと軽く100㎞走れるのでしょうが、弱者の私には「戦略」が必要となります。
プロ野球で言えば、巨大戦力を率いる長嶋監督ではなく、弱小チームを率いる野村監督になったつもりで、私という「ポンコツ選手」を采配しなければなりません。
「坂があったらダーッと上って、ガーっと下ればいいんだよ」っていう戦略は、走力に乏しく理屈っぽい私には通用しないのです。
100㎞の計画の立て方は、「サロマギリギリランナー鈴木健司さん」のやり方が参考になると思います。
「鈴木メソッド」をかいつまんで、要点だけまとめると。
100㎞を「0~50㎞」「50~80㎞」「80~100㎞」の3つに区間に分けて、それぞれの区間で目標ペースを設定しようというものです。
3週間前の「ソツケン」の手ごたえから、今回の目標タイムを12時間に設定しています。
合計12時間になるように、前半、中盤、終盤のペース配分をしていきましょう。
《0~50㎞》
50㎞までは、50~100mの標高差の坂がうねうねと続く感じですね。
最初っから割合上り基調の道が続きますが、オーバーペースを防ぐという意味では、これは悪くないコース設定かなと。
むしろ長い下りで脚を使わないように気をつけた方がいいと思う。
下りでもキロ5分半ぐらいで、おとなしく走りたいところ。
極端なペースの上げ下げは、心肺にも筋肉にも負荷がかかるので、上りも下りもできるだけ同じぐらいの力感で淡々と進んでいこう。
「上りで遅れた分を下りで取り戻す」などと思ってはいけない。
私が2019年に「サロマ」「北オホーツク」と100㎞走ったときは、前半と後半のタイム比が「45:55」ぐらい。
というわけで、今回もこんくらいの時間配分になるだろうと考えれば、50㎞までは「5時間半」を目安に、平均して「キロ6分半」ぐらいのペースで行ければ上出来でしょう。
前半は肉体的、精神的にも余裕があるので、エイドの寄り道は最小限にして、止まっている時間をできるだけ少なくしたいところ。
《50~100㎞》
高低図を見ると、50~80㎞までは割合平坦で、そっからジャブのようなアップダウンが続き、90㎞手前から「激坂」と、脚が売り切れた終盤になるにつれて「鬼コース」になるドS設定になっています。
こういうときは、終盤つぶれたことを想定して、「出口戦略」で終盤の20㎞から計画を立てていきましょう。
90㎞からの5㎞ぐらいの上りは「全歩き」になることを覚悟しましょう。
何が起こるかわからないウルトラでは、悲観的な方に計画を立てておいた方が、本番でゾンビ状態になっても、「あ、もうここは歩いてもいいんだ」と気が楽になります。
この心の余裕がウルトラでは大事です。
となると上り5㎞は「キロ13分」と考え、残りの5㎞はほとんど下りなので、遅くとも「キロ7分」で行けるだろう。
よって、90~100㎞は「100分(1時間40分)」と見積もります。
さて、80~90㎞。
ここも長くはないが、嫌らしいアップダウンが続くところ。
ただ、マリンパル壱岐からの89㎞過ぎの坂は歩いてもいいとして、残りはなんとか走れそうかなと。
89~90㎞はキロ12分以上かかっても仕方ないが、それ以外の部分はキロ7分半ぐらいでまとめたい。
今んとこ、80~90㎞は「80分(1時間20分)」と見積もりたいが、ここは下方修正がありそう。
さて、0~50㎞区間を「5時間半」、80~100㎞の区間を「3時間」と配分したので、残った時間は「3時間半」。
50~80㎞は、壱岐の中で平坦コースなので、恐らくここが一番の頑張りどころだと思う。
アップダウンがあまりない分、できれば50㎞までと同じ「キロ6分半」ペースで行くのが理想だが、それも難しいと思うので、余裕を持って「キロ7分」を想定していきましょう。
《まとめ》
・50㎞までは「キロ6分半」ペースで、「5時間半」には中間地点を出発したい。
・平坦な50~80㎞が勝負どころ。あまりペースを落とさず、遅くても「キロ7分」はキープしたい。
・80㎞までは、できれば8時間40分ぐらいで到達したい。最悪でも9時間で通過すれば、12時間切りは見えてくる。
「捕らぬ狸の皮算用」で、実際のレースではこんな計画など吹き飛んでしまうのが常ですが、それでもある程度の目安を持つことによって、オーバーペースを防ぐことができ、メンタル的に余裕を持てるのではないかと思います。
今んとこ予想最高気温18度と気象条件がいいんで、「来年のサロマサブテンを目指すには、できれば今回11時間は切りたいなあ」などと密かに欲が出ているのですが、まあ、調子がよさそうならある程度突っ込んでもいいということにして、基本は安全策で進んでいきたいと思います。
制限時間まで1時間以上余裕があったのに、自主DNFを決めてしまったサロマを教訓に、「ちょっと痛いところがあっても、止められるまではやめない」と、心だけは強く持ちたいものです。
さようなら。