ゴールデンウィーク明けから続く「左大腿神経痛」に悩まされながらも、どうにかサロマ本番には間に合わせ、本調子でないけれども、順調に50㎞地点を通過しました。
残り半分、楽しもう!
《50~60㎞》 6:48:26(ラップライム1:21:50)
50㎞から長い上り坂に入ります。
この坂は「戦略的ウォーク」をされている方が大半でしたね。
ウルトラは、フル以上に戦略が問われます。
積極的に歩く区間を作って、体力の消耗を抑えながら、最後まで持たせる工夫が必要です。
しかし、私はここで思いっきり調子に乗っていました。
今までの遅れを取り戻そうと、視界に入る人全員を抜かす勢いで、ずんどこ走っていきます。
歩いているクラブのTかやさんを抜かすとき
「こっから面白くなってくるときですよ!」
と、ドヤ顔で語りかけ、すーっと前に出ていきました。
今振り返ってみると、完全に舞い上がっていて、すげーやな奴になっていたな。
もうちょっと違う言葉のかけ方はなかったのかと。
このときは、こっから30分後に、調子に乗っていた天誅が下されるとは夢にも思っていませんでした。
1ヶ月前の「超ウルトラキャノンボールラン」のときのように、無心で淡々と走るのが本来の私の持ち味。
サロマの大舞台で、すっかりおだってしまった(北海道弁で「いい気になってはしゃぐ」)私です。
自分がいつもと違う精神状態になっていたことにも気づかずに、「めっちゃ順調だ!」と54.5㎞の大エイドへ。
預けていた補給食をゲットし、消炎鎮痛スプレーを脚にかけ、エイドで必要最低限の補給を済ませた後、速やかに出発します。
多分、2分ぐらいしかいなかったのではないでしょうか。
正に、「イケイケどんどん」の私でした。
再スタートして、いきなり上り。
しかし、この程度の上りは、今の私には大したことない!
こっからのアップダウンをしのげば、また60㎞から平坦基調になるんで、そこまでの我慢だ。
上り区間が終わって一気に下ります。
ひょっとしたら、このギアチェンジに失敗して、故障箇所に負荷がかかったのかもしれません。
56㎞ぐらいで痛みが発生してからは、以下の記事に書いたように、頭がパニックになり気持ちを落ち着けることができませんでした。
Tかやさん、タマ子さん、クラブのK女史をはじめとする多くの人々に下り坂で抜かされ、戦意が失われました。
この痛みで残り40㎞は無理だ。故障が長引くのもやっかいだし、余力のあるうちにやめておこう。
60㎞のエイドに着いてガーミンを止めましたが、まだ制限時間まで1時間ぐらいの貯金があります。
うーん、脚を引きずりながら、止められるまで進むべきか、うーん、うーん。
と、一応、悩んだふりはしていましたが、ガーミン止めた時点でもう結論は出ていましたね。
10分ぐらい椅子に座って休憩し、スタッフの方にDNFの意思を告げて、私のランナーとしてのサロマは終わりました。
ワゴン車に乗せられて、54.5㎞の中間エイドに一旦戻ります。
車から、苦しそうに坂を上っているチャーリーさんを見て、「70㎞ぐらいまでしか持たないんじゃないか」と勝手なことを思っていましたが、92.4㎞の関門まで進んだんですね。
制限時間を30分過ぎたにも関わらず、自分の脚で限界まで進んだことにあっぱれです。
で、中間エイドからバスに乗って、ゴールまで運ばれます。
人生初の「収容バス」。
バスの中は葬式のような雰囲気で、会話は一切なく、キンキンに冷えた冷房の中、どんよりとした気まずい時間が、ゴール地点の常呂まで流れていました。
バスに乗っているときは、悔しいとかそういう感情もなく、「茫然自失」という表現がぴったりでしたね。
自分がバスに乗っているということすら受け入れられない精神状態でした。
ゴール地点に着いて、荷物を受け取ったり着替えたり、Twitterで「やっちまったー」とつぶやいたりしながらも、腹が減ったので食うものは食います。
ホタテカレー。
味は覚えていない。
私のランナーとしてのサロマは終わったが、まだコース上では多くの仲間が走っている。
走れなかった分、せめて応援で頑張ろうと、ザムストの方にスティックをもらって、ゴール前で完走目前のランナーにねぎらいの言葉をかけます。
「あと少し、ファイト!」
時刻は15時前、10時間切りの「サブテン」ランナーが続々とやってきます。
4年前、自分がサブテンでゴールしたことを考えると、「あれ、俺、なんでこんな時間にこんなとこにいるんだろ」と、目に熱いものがこみ上げてきますが、これが現実。
しっかり今を受け入れて、必ず来年はここで「出迎えられる側」になろうと決意をこめながら、応援させていただきました。
やっぱり、ここまで来たランナーの皆様は、みんな「やり切った」といういい表情をしているぜ。
チクショー、うらやましい(素直な気持ちで応援できないところに、私の人間性が現れている)。
仲間のゴールには、本当に「おめでとう」って思えるんだけど、それ以上に「最後まで頑張れなかった」という後ろめたさがあったのでしょうなあ。
でも、サロマから3週間近くたった今となっては、やっぱりあそこでやめてよかったと思っています。
やめたことが次の目標への原動力にもなっているし(普通の人はサロマ終了後2週間後に「続きを走ろう」などという発想は持たんだろう)、何よりも、あのまま進んで運よくゴールできたとしても、それは「まぐれ」であって「実力」ではない。
「まぐれ」のゴールは、「この程度でもできるのね」とウルトラマラソンを舐めることになってしまう。
「実力」をしっかりつけた上で、最高のコンディションで来年は臨もう。
そして、途中調子がよくても天狗にならず、最後まで浮き沈みのない気持ちで淡々と走ろう。
やっぱりウルトラマラソンの中でもサロマは特殊だ。
ウルトラマラソンを「旅」に例える人は多いが、私にとって、サロマはあくまで「競技」である。
ガチで記録を目指すフルマラソンの延長上にあるのが、私にとってのサロマ。
一競技者として、タイムは追求していきたい。
サブテンでゴールされる方を目の前で見て、その気持ちは一層強くなりました。
もちろん、サブテンなどの結果もレースでは大事だが、それ以上に大事なのは、結果に向かう過程。
練習では気づかなかった自分の弱点が、今回のレースでは浮き彫りになったと思います。
今回気づいた課題を克服すべく、来年こそは過程を大事にしてしっかり準備して、「最後までやり切る」心技体を整えていきます。
それができれば、結果はおのずとついてくるはず。
ここまでご清聴ありがとうございました。
また来年のサロマまで、さようなら。