ゴシラン

走ることについて語ります

「第1回まちなかトレラン釧路大会」参加記(その4)

8時間耐久で行われた「第1回まちなかトレラン釧路大会」ソロの部。

途中撃沈しかけましたが、どうにか耐えて55km過ぎで復活し、60km地点では、まだ優勝争いを演じているという、私もビックリのまさかの展開となっています。

 

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《60〜70km》

 

「優勝争い」という言葉に気をよくしたのか、63kmまではキロ5分台で走れています。

今何位なのか、優勝ラインはどこなのかはわからないが、とにかく今できることをやり、今できる範囲のスピードで進んで行きましょう。

 

そして、40周目(=64km)を終えます。

大時計を見ると、残り時間は1時間45分。

 

テントで補給しながら、こっからの作戦を立てましょう。

今のペースは、大体1周10分ペースです。

つーてっことは、残りが105分だから、10周はできる計算だな。

10周走って、ちょうど80kmとキリがいい。

 

じゃあ、11周はできるのか?

11周なら、105/11≒9分30秒ペースが要求されるのね。

ええと、1.6kmで9分30秒ということは、1km当たりだと約6分。

(ここは電卓使ってるので、計算ができている)

 

ここで野心のある人間でしたら、「キロ6なら行けるんじゃね!」と気持ちペースを上げていくと思うのですが、あくまで「入賞」ではなく「80km」にこだわった私は安全策を取ることにしました。

今まで通り、1周10分ちょっと超えるぐらいのペースを保って、確実に残り10周、トータルで80km走り切ることにしましょう。

下手にペース上げて潰れたくないという、私の小心なところがここで出てしまいました。

 

これがよい判断だったか、悪い判断だったかは、今となってはわかりません。

ただ、私の性格上「他人との争い」よりも「数字にこだわる自分との戦い」を選んだのは、自分らしい判断だったなと。

今までマラソン大会で順位なんて考えたこともなかったからなあ。

つい咄嗟のところで、普段通りに「距離や時間」をモノサシにしてしまいますな。

 

「あと10周でやめる!」と決めてしまうと、それが走りにも反映されてしまいますね。

人間、自分で「ここまで」と目標を設定してしまうと、そっから上には行けなくなるものなのです。

自分ではペースを意識的に落としたつもりはなかったのですが、66kmからはキロ6分を超えるダラダラペースとなってしまいました。

 

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《70〜80km》

 

ウルトラマラソンは「諸行無常」です。

 

せっかく55km過ぎで奇跡の復活を果たしたのに、この辺りから「過補給」がたたって、吐き気を催すようになりました。

約20kmの短い期間で、PIT INを5個入れたのは、摂り過ぎだったかもしれません。

PIT INは普通のエナジージェルよりも分量が多いので(私が普段使っているメダリストが45gなのに比べて、PIT INは69g)、腹に溜まる感じがありました。

 

「うわー、これまたヤバいな」とは思ったが、気になるのは吐き気だけで、脚や心肺、そして脳みそには余裕があったので、吐き気さえ収まればなんとかなるだろうと、気持ちペースを抑え、腹が揺れないようにそろりそろりと走りました。

 

なんかの本に書いてありましたが、「ここが痛い」とか「ここが気持ち悪い」と思ったら、「ここじゃない元気な部分」を意識すると、「あ、まだ大丈夫」と思えるかもしれません。

例えば、右足が痛くなったら、「よしよし、まだ左足は大丈夫だ。左足君ありがとう」と、痛くない方に意識を向けるということです。

 

吐き気が出てきてから、3周ぐらいしたら、どうにか収まりました。

ウルトラマラソンは「諸行無常」。

いいことも悪いことも永遠に続くわけではないのです。

脚はかなり疲労しているが、80kmまでなら持ちそうです。

気がつけば日はすっかり西の方に傾き、気温が下がってきたのか、チームの部のランナーの方はウインドブレーカーを着て走っている人も出てきています。

「ああ、俺、8時間近くもこんなことやってきたのか。変態だなあ」と、自分自身に呆れ返り、感動する私なのでありました。

 

47周目(=75.2km)を終えて、残り時間は約35分。

もう1周11分ペースでも、80kmは達成です。

残り3周、一歩一歩の感触を噛み締めながら、楽しく走っていきましょう。

 

勢いだけで駆け抜けた「キロ5分10〜20秒ペース」の最初の30km。

tomoさん(=ゲストランナー井原さん)と並走しながら「100マイルレース」に思いを寄せた夢のような時間。

脱水症状からの転倒。

ぬかるみの中を走っているようにもがき続けた40〜55km。

「優勝争いしてますよ!」と声掛けしてくださったUTMFシャツのランナーさん。

終盤、私を追い抜くたびに「ナイスラン!」と声掛けしてくださった黄色いTシャツのランナーさん。

ソロのランナーしか使わなかったであろう閑散とした給水所で、休みの日にも関わらず、長時間ボランティアをしてくださった高校生の皆さん。

見かけるたびに熱い応援を送ってくださったsharkさん。

それ以上に、周回ごとに熱い応援を送ってくださった、今までSNS上でしかやり取りのなかったYさん。この日が初対面だというのに本当にありがたかったです。

 

人間、死ぬ前に走馬灯のごとく、今までの人生の出来事を思い出すと言うが、ウルトラマラソンもゴール前になって、今までの8時間のことが妙に思い出されてしまう。

そして、その思い出の中には苦しい思い出もあったはずなのに、全てが「よかったこと」に切り替わってしまうのです。

私が死ぬ前も、「全てよかったこと」として、人生の出来事を思い返すのだろうか?

ウルトラマラソンはひょっとしたら人生の縮図なのかもしれない。

 

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15時55分。

 

ゲストランナーのtomoさんからちょっと遅れたところで、ゲートをくぐり、無事に最低目標であった80kmを走り切ったのでありました。

 

ただ、残念なことに、ガーミンの表示は「79.4km」と80km行ってなかったんだわな。

そんなわけで、ゴールの余韻も味わうことなしに、ガーミンが80kmピッタリを指すまで、無駄に会場周辺を走り回っていた私なのでありました。

 

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(次回、反省会につづく)