ゴシラン

走ることについて語ります

「第1回まちなかトレラン釧路大会」参加記(その3)

ぶっちゃけた話すると、マラソン大会のレースレポって、「絶好調でゴールまで問題なく自己ベストで駆け抜けることができました」ってのを読んでもあんまり面白くないよね。

読んでる方としては、撃沈してやられているレポートの方が、マラソンの過酷さがひしひしと伝わってきて面白いと思うんです。「あー、わかるわかる」って感じで(性格悪い)。

 

ということで、「まちなかトレラン」レースレポ、こっからお楽しみの「沈没編」に入ります。

 

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《40〜50km》

 

兆候は38kmぐらいのところからあったのですよ。

「なんか小指の辺りがしびれて感覚がないな」と。

 

そういや、去年のサロマや北オホーツク100kmのウルトラマラソンに参加したときも、同じような症状が見られたな。

でも、あんときは70km過ぎたぐらいで小指のしびれが出てきたはずなんで、この段階で出てくるのはいくらなんでも早すぎる。

 

むむ、これは認めたくないが、脱水症状なのか?

気温が15度以下と低いから、そんなに汗はかいていないだろうと甘いことを考えていたのだが、日差しは燦々と照りつけているし、実は思った以上に消耗しているのかもしれん。

 

とりあえず、応急処置として、1周ごとにマメに給水を取ったり、体内のナトリウムも失われてるんだろうなと、塩タブもガリガリかじりながら回復を待ちます。

 

しかし、ペースはどんどん落ちて行く。

序盤のキロ5分10〜20秒の快調なペースから、キロ6分が精一杯というところまでになってきた。

ぐぬぬぬぬ。

 

フルマラソン通過タイムが3時間55分。

どうにかサブフォーペースではあるが、明らかに35km過ぎからはグダグダになっている。

でもって、水分は摂っているはずなのだが、妙に頭もボーッとしてきた。

これは脱水だけではなく、低血糖症も入っているのか?

段々ふらつきを感じるようになってきた。

 

そして私は、なんでこんなところで転ぶの?ってところでゴーカイにコケた。

大げさな表現をすると、体が前に5mぐらい吹っ飛んだような感覚があった。

幸い、柔らかい土と芝生の道だったので、衝撃は少なく、左の手のひらを軽く擦りむいたぐらいであったが、転んだ瞬間一体何が起きているのか自分でもよくわかんない状態であった。

うーん、ここはどこ?私は誰?

 

とりあえず、ここは「まちなかトレラン」の会場で、私の名前もすんなり頭に浮かんだので、多分大丈夫なんだろう。

 

そして、私は心の中で笑った。

 

ふふ…

 

ふふふふ……

 

面白れえじゃないか!体が思うように動かなくなってからがウルトラよ!これを楽しむために、今日は参加したんだろ!

 

私はキレた。

しかし、ただキレただけでは問題は解決しない。

確かに苦しいときはバカになることで解決することもあるのだが、まず「今ここで何をすべきか」を、冷静な方の頭で判断しなければならない。

 

ここで、今私が置かれている状況を整理しよう。

 

1.小指のしびれがある。

2.頭がボーッとしている。

3.ガーミン測定の心拍数は150オーバーと、やや高め。

4.脚自体はまだ元気。

5.吐き気もなく補給食は食べられる。

 

ということで、0.5秒で出した結論が以下の通り。

 

1.水を飲め。

2.食え。

3.ペースを落として心拍数を下げろ。

4.脚は終わってないんだから、歩くな。走っていれば必ずそのうちいいことがある。

 

こっからは2〜3周毎にガッツリ補給を摂った。

ペースが気にならないように、ガーミンの表示は心拍数だけが表示されるようにした。

それでも、周回毎に大時計を見るたびに、ペースが序盤の「一周8分半〜9分ペース」から「10分ペース」に落ちていることはわかったのだがな。

わかったところで、これ以上ペースを上げられるわけではなかったが。

 

どうにか31周目(49.6km)終了。

 

ここで第一次限界がやってきた。

トイレタイムも含めて、ガッツリ休憩を取る必要があるようだ。

 

トイレを済ませ、待機テントに戻り、クイズダービーで「はらたいらさんに全部」という勢いで、早くも切り札「レッドブル」を投入した。

レッドブルの他にもジェルを摂って、50km以降も戦えるようにしていこうじゃありませんか。

結局、49〜50kmのラップは10分以上かかってしまいました。

これが今後の展開にどう出るのか?

 

 

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休憩が増えて、豪快に撃沈が始まりつつある40〜50kmのラップタイム。

 

《50〜60km》

 

50km〜55kmぐらいが精神的に最悪でしたな。

 

「あー、井原さんに80km目指すなんて大口叩いたけど、これ無理じゃね」

「ランパンの中に忍ばせている仕事用の携帯鳴らねえかな。鳴ったら仕事を言い訳にプライドが傷つくことなくリタイアできる」

「これ、あと3時間以上も続くのか。こんな日曜のいい天気の日に、俺何やってんだろ?」

 

頭がぐるぐるネガティブな考えに支配されつつあるが、実はもう一方の冷静な方の頭ではわかっていたのです。

 

「心拍数を落として、ペースは落としてもいいが、ピッチだけは下げるな。下げると一気にリズムが狂って駄目になるぞ。」

「先のことは考えるな。今できる範囲で一歩一歩前に進め。」

「ウルトラはフルと違って動き続ければ絶対に復活する!!歩いたらおしまいだ。どんなペースでもいいから走れ!」

 

50km〜53kmぐらいは、私の脳の中で、ネガティブな思考と冷静な頭の割合が8対2ぐらいでしたが、徐々に割合が、7対3、6対4、5対5……と、冷静な頭がよみがえってきます。

 

そして、55km過ぎで、突然その瞬間はやってきました。

 

あ、行ける!

 

40km過ぎからボーッとして、霞がかかっていた脳みそが、一気にシャープになりました。

これだ!これがウルトラの醍醐味なんだ。

復活があるからウルトラはやめられねえ!

この「行ける!」って思考には全く根拠はないんですが、どういうわけかここで80kmは行けると確信しました。

ラソンの中で大事なことは「根拠のない自信」なのです。

 

復活してからもペースはキロ6分が精一杯レベルなのですが、どういうわけかこっから落ちる気は全くしませんでした。

序盤とは全くスピードは違いますが「第二次ランニングハイ」という奴なのでしょうか?

 

そして、60km手前辺りで水色のUTMFのTシャツを着たソロの参加者が、私を抜くときに声をかけます。

 

「今、優勝争いしてますよ。頑張りましょう!」

 

声をかけられた瞬間、「え、何言ってるのこの人?意味わからないんですけど」と思ったが、序盤の貯金がかなりあったのだろう。

 

この大会、途中経過がゲート付近でアナウンスされたり、速報サイトでスマホを使って順位を確認できるようになっています。

(私はアナウンスを聞いたり、スマホをチェックする余裕など全く無かった)

にしても、競技中にライバルを相手にこういうことがすんなり言えるのはあっぱれにも程があります。

私は完全にヘロヘロで自分しか見えていない状態だったが、彼はまだ人のゼッケン番号を確認して、励ましの声をかける余裕があるんだなあ。

いや、本当は彼もいっぱいいっぱいなのかもしれないけど、その中でも人を気遣い、励ますことのできる優れた人間性がにじみ出ているのかもしれない。

 

「撃沈レースレポが大好き!」なんて言っている自分が心底恥ずかしいと思った、さわやかなUTMFシャツランナーの登場なのでありました。

私もこういうランナーになりたい。

 

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55kmまで潰れかけたけど、どうにかキロ5分台まで復活してきた。

残り20km、なんとか目指してやろうじゃありませんか!「初代王者」を。

 

(つづく)