ゴシラン

走ることについて語ります

外傷性くも膜下出血で入院していました

なんかブログ書くのは、ものすごく久しぶりのような気がしますが、前回更新からまだ一週間しか経っていなかったのですね。

壱岐ウルトラマラソン」のレースレポも仕上げたいところですが、まずは「ご報告」ということで、今週の出来事をまとめていきます。

 

日曜日は「アクティブレスト」として、ロードバイクに乗っておりました。

その前日や前々日に、ランでそこそこ負荷をかけた練習をしていたので、自分では「休養ライド」の位置づけだったのですが、結果的にちっとも休養になっていなかったですね。

 

 

いつものように「平均25㎞/h」ぐらいの速度で、3時間ぐらいの「80㎞ライド」をしていたのですが、いつもと違ったのは「無補給で突き進んだ」こと。

たいてい3時間ぐらい乗るときは、コンビニとかで補給休憩を入れるんだが、この日は「大丈夫、大丈夫」と思って、補給ゼロで突き進んだのだよな。

 

75㎞地点のサイクリングロード「鶴野休憩所」の手前までは記憶があったのだが、それ以降の記憶はすっぽり抜け落ちている状態。

知らないうちに意識を失いぶっ倒れていたようで、気がつけば救急車の中にいて、私も気づかないうちに職場と実家への連絡をすませ(後で通話履歴を見てわかった)、次に記憶が戻ったときは病棟のベッドの中にいたという状況です。

阪神タイガースの優勝にも、火曜日まで気づかなかった模様。

 

水曜日に主治医の説明を受け、なんと「外傷性くも膜下出血」があったとのこと。

転倒の際に、頭をしこたま打ったのですな。

ヘルメットはパックリ割れて使い物にならん状態でした。

ありがとう、私の身代わりになって身を守ってくれたヘルメット。

「もしヘルメットがなかったら」ということを考えるとゾッとします。

事故はいつ起こるかわからんから、ママチャリでもきちんとヘルメットを被るのだよ。

無事に生還した私が言うのだから間違いない。

おじさんとの約束だ。

 

 

平衡感覚はまだちょっと失われている感覚だが、主治医から「大丈夫」と太鼓判を押され、金曜日には無事に退院することができました。

退院時に行った知能テストで「IQ125レベルですね」と言われ、ちょっぴり気をよくしている私です。

まあ、まだ脳みそ的には予断を許さない状況ではあるんだがな(来月、もう1度MRIを撮って外来受診する)。

 

月並みではありますが、こういう「一歩間違えていたら、今頃この世にいなかった」という経験を通じて、自分は「何か見えないものによって生かされてる」とか「自分の使命を果たすまでは生き延びなければならない」と、殊勝なことを思うようになってしまいますね。

その「見えないもの」や「使命」というものが何かはさっぱりわかりませんが、一つ言えることは「神様から与えられた命、自分の好きなことをやり尽くして有意義に使っていこう」と改めて思うようになりました。

まあ、今までと大して変わらん考えではあるが、深みが違うのだよ。

知らんけど。

 

とにもかくにも「自分の体力を過信しすぎていた」のは事実。

脂肪燃焼体質になろうと「補給をおろそかにし過ぎていた」のでしょう。

私は雑誌に出てくるような有名なトレイルランナーでもないのに、変なところを形だけ真似し続けていたかなと反省しています。

自分のポンコツ具合をしっかりと認めて、それ相応の自衛策をしっかり取っておくべきでしたね。

 

まあ、過ぎたことをウダウダ言っても仕方がありません。

今後の方針はシーズンオフもあって未定ですが、身の程をわきまえ、「できることをしっかりやる」ことを優先させていきましょう。

できないことに対する憧れは、時には邪魔になることもあるのです。

まあ、今回のことを教訓にして、必要以上に自分を卑下することなく、今まで通り淡々と「できること」「したいこと」をやっていく所存でございます。

身元保証人がいないと、入院時、色々と不利益なことがあるということも学習しましたので、まずは「70や80になっても、できるだけ医者の世話にならず、自分で動ける身体作り」を目指すところからですね。

昨日の退院時の「自分の脚で動ける喜び」を忘れないよう、残りの人生を楽しんでいきたいと思います。

 

さようなら。