ゴシラン

走ることについて語ります

朝型生活4ヶ月目

きっかけは「緊急事態宣言」であった。

 

今年2月の下旬、北海道で新型コロナウイルス感染拡大の兆候が見られ、最終週の週末に北海道独自の「緊急事態宣言」が出され、このときから外出を「自粛」する生活が始まった。

 

私は基本、小心でビビりな性格なもので、「これは外に出てランニングもするのもよくないんじゃないか?うーむ、仕方がない。私はあまり朝は得意ではないが、感染防止のためだ。人がたくさんいるところで走るわけには行かない。早朝ランを始めようじゃないか!」と意を決し、こっから朝3時半〜4時に起きる生活が始まった。

朝ラン初日はいきなり「マイナス10度」の世界で、早くも心が挫けそうになったが、「人のいない時間に走るしかない」と覚悟を決めると、それがだんだん「当たり前」になってきて、すっかり朝型生活が快適になってしまった。

 

しかし、この方の朝型生活は私なんかの比ではなかったのであった。

 

心の中に「静」をもつ

心の中に「静」をもつ

  • 作者:片岡鶴太郎
  • 発売日: 2018/01/29
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

わたしゃ、二十歳ぐらいからテレビをほとんど見ない生活をしているので(現在は家にテレビ自体存在しない)、片岡鶴太郎は子供のころ「おれたちひょうきん族」で見た、近藤真彦の下品なモノマネのイメージしかなかったんだが、この本を読んで完全に認識が変わりましたね。

こんなかっこいい50代60代を過ごしてみたいものだ!

 

まず起床時間がすごい。

午前1時だ。

こんなのワシの数年前の寝る時間だわ。

「朝のルーティン」があるから、ルーティンをこなす時間から逆算したら1時になったそうな。

 

そして、その「朝のルーティン」もすごい。

ヨガ4時間、朝食2時間である。

 

ヨガに出会った頃は4時起きで、今の私ぐらいの起床時間だったようだが、ヨガにはまっていくうちに自然と1時起きになったそうな。

 

ただ、こういう他人から見たら「ストイック」な生活も、本人からすると「したいからする」という「喜び」であって、本の表現を使わせてもらうと「ストイックだとけどスマイル」であって「毎日が遠足の日に早く起きる子供」のような心境だそうな。

 

私も鶴太郎さんほどではないが、この心境がわからなくもない。

私が「朝のルーティン」としている10kmランニングは、去年までの夜のランニングやジムのトレッドミルと違って、何もかもが静かで新鮮に感じる。

 

最初のうちは「飽きるなあ」と思って、いつも違うところを走っていたのだが、慣れてくると「いつものところの微妙な差異」に喜びを感じるようになり、6km地点の幣舞橋で写真を撮るのがすっかり「ルーティン」になってしまった。

 

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霧のときもあれば

 

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カラスが戯れているときもあれば

 

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すっきりと晴れ渡る日もあったりして。

 

特にこの時期の釧路は、ほとんどが霧や曇り空なので、たまに晴れる日があると「生きているといいことがあるもんだ」って気分になるもんですね。

早起きは、ちょっとしたことでも大げさに喜ぶことができるのである。

 

朝は空気が澄んでいて、かもめの鳴き声が最高のBGMになる。

ヘッドホンで音楽を聞きながら走るなど、静かな朝に対する冒涜である。

 

若い頃は「何か面白いものはないかと、外を探し求める」ような生き方をしていましたが、朝型生活になって「面白いかどうかを決めるのは外の出来事ではなく、自分の内の感じ方にあるんじゃないか」と気づき始めたような気がします。

 

色々と生活に弊害を生じさせた新型コロナウイルスであったが、朝の素晴らしさを気づかせてくれたことについては、ちょっと感謝しています。

多分、コロナ騒ぎがなかったら、今頃「大会での数字だけを追い求めて」走っていたのではないでしょうか。

静かでささやかなものに喜びを見つけられるような中年期、そして老年期を過ごしていきたいものです。

 

さようなら。