「うつうつ日記」続きです。
10/9に心療内科クリニックに駆け込み、いきなり「休養1ヶ月」の診断書が出されましたが、11月になってもあまり症状は改善されず、休職期間がもう1ヶ月延びることになりました。
ネット界隈を見ると、この手の病気は最低でも「3ヶ月」は休むことが多いようなので、「年内の職場復帰は無理かなあ」と、半分あきらめていた状態でした。
ただ、そんな中でも、不眠の反動で「過眠」の状態になっていたし(当時は1日15時間ぐらいは寝てた)、食欲や味覚も回復してきたし、少しずつ改善の方向には向かっていました。
抗うつ剤を服用して、2週間以上経ってから、気分の落ち込みや、散歩後のぐったり感もなくなってきたし、徐々に薬も効いてきているのかなと。
とは言え、薬は所詮「対処療法」に過ぎず、この手の疾患を根本的に治すためには、「モノの考え方」を変えていく必要があるのかなと。
糖尿病や高血圧が「生活習慣病」だとすると、鬱病や双極性障害などの精神疾患は「思考習慣病」なのではないかと思ったわけですね。
認知の歪みを観察して、「考え方のクセ」を治していかなければ、本当の意味で治らないんじゃないかと。
で、「考え方のクセ」を治すために、私は劇薬を試したわけであります。
その劇薬とは、ズバリ「宗教」です。
えー、これから書くことは、「精神疾患」と「宗教」という、非常にネット上で荒れやすい話題ですので、ちょっと書くのに躊躇したわけでありますが、私が言いたいことは「この宗教を信じれば、絶対に鬱病が治る」というわけではありませんので、そこはご理解していただければありがたいです。
(つーか、復職はしたが、まだ鬱が完全に治ったわけではなく、まだ1年ぐらい、月に1回は受診しなければならないわけだしな)
あくまで、私の場合はこうだったという一例をあげるだけですので、あしからず。
まあ、こんな一日多くて200アクセスぐらいのブログが荒らされることもないと思うので、好きなように書いていくわ。
実はワタクシ、30代後半のとき、「女性がたくさんいる環境に身をおけば、彼女の一人や二人ぐらいできるんじゃないか」と、スケベ心で、ゴスペルなるものに手を出してみたのですよね。
ちょうど、当時住んでいたところの近所でやっていたし。
んで、最初の2年ぐらいは、「わー、ここなんて楽しいんだ」と歌ったり、女性の友達もそこそこできて、いいところだなあと、新たな趣味を楽しんでいたわけであります(結局、彼女はできなかったのだがな)。
ただ、次第にゴスペルの持つ「キリスト教臭さ」が嫌になり、何でクリスチャンでもないのに、「ハレルヤ」とか「イエス・キリスト万歳」とか、そんな歌を歌っているのかと、嫌になったわけであります。
んなわけで、10年以上前にゴスペルとはきっぱり足を洗い、神とかそういうものを信じない「無神論者」として生きていきました。
しかし、どういうわけか、当時のゴスペルメンバーの中に、「そういや小さな町で牧師をやっている人がいたなあ」ということを思い出したのです。
ほとんど面識はなかったけど、神のように物腰の柔らかい、ステキな人だったなあということを、突然ビビビと思い出したわけであります。
その牧師さんに会ってみたら、何か自分の考え方が変わるんじゃないかなあと。

そんなわけで、とある日曜日、実家から車で20分ぐらいの、小さな町の教会に、何かに引っ張られるように出かけたわけでありました。
(つづく)