ゴシラン

走ることについて語ります

人生一度きり、気楽に生きたい

 

2024年の文化の日は、とびっきりの青空の釧路。

今日は文化の日とは関係なく、春採湖周辺でマラソンクラブの練習会と、スポーツの日のような一日を過ごします。

 

思えば、去年の今ごろ、自転車事故で倒れ、写真左にある市立病院に入院し、最初は車いすの移動もおぼつかなかったことを考えると、二本の脚で立って走れることが奇跡だと言えましょう。

「外傷性くも膜下出血」で、出血したMRIの脳画像を見せられて、ゾッとしたものです。

この一年、体調は一進一退を繰り返していますが、2024年もフルマラソンを2本制限時間内に完走することができ、こうしてクラブ練に参加できることに感謝していきましょう。

 

 

今年の北海道マラソンで、「アンパンマン被り物ランナー」として有名な「かっぱちゃん」よりいただいた「正装」で、今日の練習会に臨みます。

寒い釧路では、長袖Tシャツは練習着として非常に重宝しております。

ありがとうございました。

末永く、大切に使わせていただきます。

 

では、走り出しましょう。

今の体調では、クラブの皆様には全然ついていけませんが、皆様と顔を会わせることができ、青空の下、マイペースで身体を動かし、練習会終了後、とりとめのない会話ができるだけで今の自分には十分です。

クラブの皆様、本日もありがとうございました。

 

 

今日の「文化の日」で思い出すのは、高校3年のこの日に受けた模試のことです。

当時の私は「学校の勉強さえできれば、世間一般でいうところの『いい大学』に入って、バラ色の人生が待っている」と、おめでたいことを考えていて、必死こいて「試験に突破するためのお勉強」に励む日々を過ごしていました。

 

「よーし、今日の模試も頑張って、A判定狙うぞ!」と、気合を入れていた当時の私。

しかし、国語の試験に出ていた小説が、なぜか私の心に妙に残りました。

普段だったら、問題の内容など全く覚えていないのであるが。

 

小説は、こんな感じの内容でした。

 

プロ野球の2軍でめちゃくちゃ守備のうまい選手がいたが、その人は打撃など、あまり熱心に練習はしていなかった。

当時、2軍に落ちたばっかりの主人公の選手は、「なぜ一生懸命に練習をしないのですか?」と疑問をぶつけた。

 

その答えは

「人生一度きり、俺は気楽に生きたい」

というものだった。

 

当時の私は、「は?、人生一生懸命生きていかないと、どんどん落ちていくだろう。プロでこんな発言をするなんて、コイツ馬鹿か?」と、才能あるけど練習しない2軍選手に憤慨しながら文章を読んでいた。

ちなみにそのときの試験は、この小説の内容だけはよく覚えていたが、結果はさっぱり思い出せない。

試験なんて、数十年たった今から振り返ると、所詮この程度のものだ。

 

それはさておき、私はこの「2軍の帝王」を反面教師にして、「俺は一度きりの人生、真剣に生きるぞ!」と思っていたものだが、気がつけば、人間関係や自分の心など、色々なものを壊していき、「気楽に生きる」人生を選択している私なのである。

今思えば、この模試の文章がキョーレツに頭の中に残ったという時点で、こういう人生が私には待っていたのかもしれない。

 

んなわけで、「仕事や恋愛や家庭より、趣味で気楽に生きる」と、好きなように生きていた私なのであるが、実は「気楽」ではなく、趣味の世界で「一生懸命やり過ぎた」のだろう。

それが、去年の自転車事故だったり、現在の体調不良につながっているのかもしれない。

 

ラソンの世界で、スピードや距離など、getすることや、moreの方向に心が向かっていき、「走力を落としたくない」とholdする努力をしたり、人とcompareして一喜一憂してきたことが、燃え尽き、心身を低下させている原因となっているかもしれない。

過去をdropし、現状をacceptし、もうenoughだという気持ちを今は大事にしていこう。

それが心地よくgiveしていく気持ちにつながっていくのだろう。

練習着をプレゼントしてくださった「かっぱちゃん」のように。

 

私は私なりに、この文章を通して、少しでもgiveができるように、気楽にやっていきたいと思います。

 

さようなら。