ゴシラン

電池残量80%に復活。走ったり休んだりダラダラと。

第1回釧路空港マラソン前日

思えば5/29に、「空港マラソンに向けて、ちょっとは練習した方がいいんじゃないか?」と走ったのが悲劇の始まりでした。

 

gossy54200.net

 

練習中に見事に車にはねられ、昨日まで2週間の入院生活を送っておりました。

脳の硬膜下血腫の方はよくなったんだが、右鎖骨骨折の方がなかなかのクセモノでな。

退院1時間前に、リハビリの先生とTシャツの脱ぎ着の練習をしていたのだが、Tシャツを脱ぐのに10分ぐらいかかり、「ホントにこれ帰ってから大丈夫なのか?」という状態でした。

 

で、タクシーでアパートに帰ると、来ていましたね。

釧路空港マラソンの案内とゼッケンが。

 

 

言うまでもなく、こんな状態で明日空港で10㎞など走れるわけがないわけで。

まあ、今回はDNSという結果になったが、このゼッケン番号は「那覇ラソンに出ろ」という神のおぼし召しかもしれません。

チャーリーさんも走った「沖縄100Kウルトラマラソン」の参加も視野に入れようかしら?

と、治った後のことの楽しい妄想ができるぐらいには、メンタルのダメージはない模様です。

 

 

退院はしたが、仕事などできる状態でないので、今朝はリハビリ代わりに散歩。

10日ぐらい前は、ほぼ寝たきり状態であったが、小一時間自力で歩けるようになって、人間の回復力というのは素晴らしいものだなあと。

 

diamond.jp

 

斎藤一人さんの本に、「頭上から鉢植えが落ちてきて、足の甲の骨を折った」のは「ツイている」ということが書かれていましたが、今はその心境がわかりますね。

一歩間違えたら死んでいたかもしれない状況だったのに、後遺症も残らずに2週間で家に帰れて歩くことができるというのは、本当に斎藤佑樹ばりに「持ってるな」と思える私です。

 

このツキがマラソンの完走に役立つかどうかはわかりませんが、8月の北海道マラソンのスタートラインには立てそうですので、この神様から与えられたツキを大切に過ごしていきたいと思います。

 

つーか、入院してる間に、7月の「釧路湿原ラソン」の締め切りは終わっていたのね。

 

さようなら。

【悲報】退院3日後、今度は車にはねられ、救急車で運ばれる

タイトル通りです。

Xでは近況をちょろちょろポストしていたのですが、ブログで長い文を書くのは厳しいということで、入院一週間後の投稿となります。

 

5月29日、19時半ごろ。

そろそろゆるジョグぐらいはできるかなと、キロ7〜8分ぐらいのペースで、ダラダラ走っていました。

 

んで、信号のある国道の横断歩道を渡っていたとき。

半分ぐらい渡ったとこから、青信号が点滅していたので、急げと気持ちペースアップしました。

右折車の存在には気づいていましたが、まあ歩行者優先で停まってくれるだろと。

ところが、車はスピードを緩めず、私に突っ込んでくる。

 

オワタっと思ってからの記憶は、ほとんどなかったです。

 

で、救急車で病院に運ばれ、脳の急性硬膜下血腫と右鎖骨骨折で、命に別状はないと言われ、ホッとしましたね。

 

人生というものは、制限時間がわからないマラソンレースを走っているようなもの。

まだ、神様からは「お前は走っていていい」と言われ、人生という名のマラソンレースは、まだまだ続けられそうです(酷道ランナー風に)。

 

くれぐれも、夜走るランナーは

「ライトをつけること」

「黒っぽい服は着ないこと」

を必ず守りましょう。

 

ここが私の今回最大の反省点です。

「近いから」「短時間だから」という油断は禁物です。

 

ちなみに、まだまだ右腕はほとんど動かんが、退院は近いのでご安心を。

 

さようなら。

 

社会復帰初日

一週間の入院生活を経て、本日より職場復帰となりました。

入院中は、同室者のいびきに悩まされ、「寝れんのじゃあ!ゴルァ!!」と、夜も眠れぬ日々を過ごしていましたが、やっぱ静かな自室の慣れた枕は心地よいなあ。

できれば、もう2時間ぐらいゆっくり寝ていたかったのだが、いきなり遅刻はまずいので起き上がりましょう。そうしましょう。

 

痛み止めが効いているのもあり、傷口の痛みはほとんどなし。

右の頬から上顎の感覚が、歯医者で麻酔をかけられたようになく、髭剃り、歯磨き、洗顔が、まだちょっと苦痛。

食事も通常時に比べ、2倍ぐらい時間がかかりますね。

ということで、5時半に起きても、あんまり出勤前の時間に余裕のない私でした。

 

 

片道約2㎞の道のりをテクテクと歩きます。

交差点で、横断歩道を渡るのに、ちょっと小走りする程度は、特に支障がないですね。

とは言え、長時間のランニングは着地衝撃で患部がやられそうなので、もう2週間ぐらいは控えた方がいいかな。

徒歩通勤で、どうにか体力の衰えをゆるやかにしていきましょう。

 

仕事中も、思ったほど痛みを感じる場面もなく、ちょろっと鼻血が出る以外は特に問題なし。

主治医曰く、下をずっと向いていると、どうしてもしばらくは鼻血が出るとのことなので、坂本九のごとく、上を向いて過ごしていこう。

♪ 鼻血がこぼれないように…

 

帰宅後は、無駄にスクワットしたり、プランクしたりで過ごす。

身体は元気なので、着地衝撃のない自転車ならちょろちょろ乗れるかなと。

まあ、無理しない程度にリハビリの日々を過ごしていきましょう。

 

参加しようかなあ、どうしようかなあと迷っていた「オホーツク網走マラソン」。

どうせローカル大会だから、ギリギリになっても間に合うだろと思っていたのだが…。

 

www.abashiri-marathon.jp

 

フルマラソンの部は定員に達してしまいました。

休み的に、秋に他の道内のフルマラソンには出られないし、どっか道外遠征にでも行こうかしら。

「みえ松阪マラソン」なんか、面白そうかなと。

 


www.youtube.com

 

治った後の「旅ラン」を妄想しながら、順調に社会復帰への道を歩んでいきたいと思います。

 

さようなら。

退院前夜

火曜日に顔面の頬骨骨折の手術で、まぶたや口の中に全部で3か所メスを入れた私。

傷口の痛みは思ったほどでもなく、顔の腫れも大分引いてきたのですが、37度台前半の微熱が続いていて、体調は今ひとつ。

まだ身体全体が、傷口と戦っているのですかね。

 

んで、麻酔で腸の動きが悪くなっていたのあり、なかなかの便秘に苦しめられました。

水分補給は大事ですな。

昨日トイレで苦しんだことを教訓に、今日は朝イチで2リットルの水を買いました。

 

 

司馬遼太郎の小説を読みながら、ひたすら水を飲んで過ごしていました。

幕末時代の小説を読んでいると、身分制度の壁というものを感じますな。

病院というところも、案外江戸時代の「士農工商」の様に「医看技事」の身分制度があるんじゃないかとか、思ったりしています。

だからどうしたと言われれば、それまでなんですが、今の医療保険制度は、幕末の経済事情に近いものがあるのかなあと。

まあ、私のような凡人では、それに対する解決策は「知らん!」としか答えようがないが。

いくら保険診療が逼迫しようが、完全自由診療がいいとは微塵も思わんしな。

 

 

病室からは、晴れていれば見事な夕日を見ることができるんだろうが、残念ながら今日は雨。

というか、入院期間中、キレイな夕日を見れた日は一日もなかったな。

それだけがちょっと心残り。

 

まだまだ本調子ではありませんが、明日の午前中に退院が決まりました。

今日の夕方の検温では平熱に戻っていたし、多分、大丈夫であろう。

 

明日からの社会復帰に向けて、夏休み最終日の小学生のような気分になっている私ですが、もうちょっと不自由な生活を楽しみ、日常のありがたさを再発見していきたいと思います。

 

さようなら。

手術翌日

 

総合病院最上階で、春採湖と太平洋が一望できるところに入院している私です。

 

 

昨日の午後、頬骨骨折の手術が全身麻酔下で行われるということで、朝昼絶食という状態でした。

腹減りを紛らわせるために、家に積読してあったブックオフ100円本をひたすら読んでおりました。

こういう時間でもないと、司馬遼太郎の長編小説はなかなか読む気になれん。

 

で、14時半に手術室から呼ばれ、記憶にあったのは、手術台に乗せられ、酸素マスクして、左手から点滴ルートを取られたときまで。

気がつけば、術後のCTを撮影されていて、自分では全く身動きできないで、病棟のベッドに戻されていた状態でした。

 

手術後は、顔が痛み、「これ当分続くのか?」と眠れぬ夜を過ごしていた私ですが、今日になって、かなり痛みは弱まり、痛み止めと抗生物質の力を思い知った私であります。

現代医学は素晴らしい。

 

今は微熱や倦怠感があり、患部もかなり腫れている状態ですが、今週中には退院できるんじゃないかなと希望的観測。

 

まずは、生存報告ということで、現状、それなりに元気です。

生きて、目が見えて、自分でご飯を食べられることは素晴らしい。

 

さようなら。

入院前夜

8日前に、頬骨(きょうこつ)を陥没骨折した私。

首から下は元気なのですが、手術のため、明日から一週間の予定で入院生活に入ります。

 

 

2年前に入院したときは、意識を失って倒れ、救急車で搬送という形で、「なんで自分こんなとこにいるのか?」と意味が分からなかった状態でしたが、今回は「予定入院」ということで、それよりは精神的に気楽です。

一週間のちょっとした「お泊り会」ぐらいの感覚でしょうか。

全身麻酔も手術も初めての経験ということで、ここで経験値を稼いでおきましょう。

 

 

自由に外をうろつけるのは今日までということで、日曜の午前、無駄に2時間ぐらい散歩しておりました。

長年、北海道のローカル線で活躍してきた「キハ40」も、ここで解体され最期を迎えるのだなあ。

 

news.yahoo.co.jp

 

来月は旭川から、この地で廃車となるキハ40の「ドナドナ列車」が運行されます。

通学等で長年お世話になったキハ40に乗車したい気持ちもあるのだが、さすがにこんなド平日に休みは取れない。

ただ、19~20時ぐらいに釧路着ということなので、仕事終わった後、走っている姿を見ることはできるかな。

キハ40の最期の雄姿を目に焼きつけよう。

 

 

釧路川は、今日も霧につつまれていましたね。

 

 

柳町公園の桜は「八重桜」がメインになりました。

「さくらまつり」開催中の柳町公園。

キッチンカーやステージイベントがあり、いつもに比べ、にぎにぎしい雰囲気でした。

 

さてさて、娑婆の空気を堪能するのは、一旦今日でおしまい。

「自家用車で病院に来ないでくれ」と言われているので、明日は病院まで3㎞ぐらい散歩して、つかの間の「塀の中」の生活を楽しみたいと思います。

まあ、院内にはコンビニもカフェもあるし、そこまで閉塞感のある生活にはならないでしょう。

無事に来週、「退院しましたよ」と元気に報告できることを祈っています。

 

行ってきます。

2025 5/11~5/17 週記

gossy54200.net

 

顔面の骨を折ったということで、今週一週間は「ランオフ」に徹しました。

まあ、5月中は走るのは無理でしょう。

この「強制休養期間」を良い意味での「充電期間」にしていきたいものですね。

 

 

走るのはNGの私ですが、「着地衝撃の少ない散歩は、患部への血流もよくなるのでOK」と、お医者さんから許可が出ましたので、今日は無駄に2時間ほど散歩しておりました。

すでに25度以上の夏日を迎えているところもありますが、こちらは朝から霧がかかり、安定の涼しさというか寒さです。

 

 

釧路の桜もかなり散りましたが、まだしぶとく花を咲かせている「エゾヤマザクラ」もありましたね。

 

 

霧の春採湖へ。

 

 

駅から車で約10分のところに、鹿が走り回っているのが「道東クオリティ」です。

もう鹿やキツネぐらいじゃあ、驚きませんよ。

 

 

「エゾヤマザクラ」の季節は終わり、濃いピンクの「八重桜」が、ちょぼちょぼ花開いてきましたね。

これから約一週間、今度は八重桜の季節になり、これが散ったら、ようやく釧路にも初夏がやってくる感じかな。

まあ、初夏と言っても、最高気温20度行くか行かないか程度で、朝晩寒いのはあんまり変わんないんだが。

 

療養期間は読書がはかどりますね。

 

 

若いころ「フェルランニング」(オフロードで高地を走り、勾配によって難易度が変わる競技)をやっていた62歳の筆者が、ドキュメンタリータッチで、「世界マスターズ陸上大会」に参加するまでの過程や、実際のレースの模様を記しています。

 

「記録的にピークを過ぎた50歳以上のランナー必読の書」と思うぐらい、グイグイと「人生終盤のランニングの世界」に惹き込まれた私でしたが、特に24章の内容に「これだ!」と来るものがありましたね。

 

大学の哲学教授であり優秀なランナーであったカーグ氏。

私生活を犠牲にしてまでも、走ることに取りつかれたようになり、ある日トレッドミルで走っていたところ、転機を迎えます。

 

ガーグ氏は、ランニング中に倒れ、意識を失い、心停止状態にまでなってしまいました。

そこから、奇跡的に命を取り留め、カーグ氏は気づいたわけです。

 

「俺って、人生の大事なことに目を背けて、ランニングに逃げているのではないか?」

 

と。

 

gossy54200.net

 

この辺りは、2年前にロードバイクに乗ってたときに倒れて、救急車で運ばれた私に通じるものがありますね。

今もそうかもしれんが、あのときの私も、人生から目を背けて、「より速く、より遠くまで走るにはどうすればいいんだ?」ってことばっかり考えていて、ランニングを「逃避」の道具に使っていたのだと思います。

 

極端な考えかもしれんが、どんなにランニングでよい数字を出そうとも、すべての人に待っているのは、年齢に対する敗北であり、死である。

ついつい、マラソンの記録が伸びてくると、その高揚感で自分を見失ったり、「走らないと記録が落ちる」と、不安や恐怖に駆られたりすることもあるが、それで「走ることに逃げる」というのは避けなければならない。

ランナーにとって、マラソン大会は人生を豊かにするための手段であり、目的になってはいけないのである。

 

gossy54200.net

 

サマセット・モームが小説で書いたように

 

「人は、生まれ、苦しみ、そして死ぬ」

「人生の意味など、そんなものは、なにもない」

 

のである。

 

「人生に意味がない」ということは、逆に言えば「人生とは自由」だと言うこと。

他人の価値観に吞まれないように、しっかりと「今」「ここ」を「逃げずに」走っていこう。

そのときの「感謝」「冒険」「発見」を大切にしながら。

 

さようなら。